情報の毛布にくるまって
2月13日付の新聞の夕刊にこんな記事があった

質の低い情報にも需要

要約すると、昔から大学のレポートの、書籍などからの盗作は行われてきたが、あくまで労力を伴ったものでかつ”プロの文章”のため簡単に見分けがついた。
ところが近年インターネットの普及、Web2.0状況においては異機種間の互換性が高まり労力を伴わず”コピペ”できる。その上ブログなどから”学生らしい”稚拙なコピーソースまで手に入る。そんな現状にご立腹してらっしゃる大学教授の書かれた記事だ。

確かにごもっともであるし、私も耳が痛い。
かく言う私も大学の課題ではまずネットから情報を集め、場合によってはそれだけで裏づけ調査を終えてしまう事もある。
googleでたたけば情報はつぶさに大量に入手できる。情報の大量消費かもしれない。

けど、今必要なのはその流入をとめることだろうか?労力を伴わないで情報が入手できる現状を嘆くことだろうか?

情報を得るまでのリードタイムは驚くほど短くなった。ならば昔みたいに、早い!迅速!はそんなに価値にならないのでは。
情報の入手に労力を伴わないのなら、それで「あ~楽チン」じゃなくてその空いた分を取捨選択や考察に使えばいい。

インターネットのおかげで”容易に手に入る”ということが日々問題視されています。(ソフトウェアもレポートのネタもエロも・・・)でも本当の問題は、容易に手に入ることではく、容易に手に入った時点で満足して立ち止まってしまうことなのではないだろうか。
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by tetringec | 2007-02-14 10:47
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